夕暮れ時の街を滑らかに走る自動運転バス。その車内は、静かなモーター音だけが響く穏やかな空間だった。
サラリーマンの私、30代の男は、毎日の通勤でこのバスを利用している。この日、座席の前方に設置された小型モニターに新しいサービスが追加されていることに気づいた。「AI未来予測・あなたの10年後の顔」という鮮やかなテロップが流れている。
画面にタッチすると、内蔵カメラが私の顔をスキャンし、数秒の計算の後に1枚の顔写真が表示された。そこに写っていたのは、全体的に髪が薄くなり、頬の肉が弛み、少しお腹の出ていそうな50代手前の男の顔だった。
「うわぁ、10年でこんなに老けるのか」
思わず苦笑いが漏れた。不摂生な生活を見直そうかなどと考えていると、隣の席に派手なジャケットを着た20代前半と思われる青年が腰掛けた。青年も興味津々でモニターを操作し始める。
数秒後、青年のモニターに表示された写真を見て、私は目を疑った。そこに映っていたのは、品のある白髪をきれいに切り揃えた、70代くらいの老婆の顔だったからだ。
「おいおい、なんだこれ! なんで俺の10年後が老婆なんだよ! バグだろこれ!」
青年は声を荒らげてモニターを叩いた。私は慌てて「AIの予測なんて、まだ精度の低いお遊びですよ」となだめたが、青年は不機嫌そうに次の停留所で降りて行った。
その後も、私は気になって乗客たちのモニターを観察し続けた。
ある男子小学生が座ると、モニターには「30代の凛々しい女性」の顔が映った。 身なりの整った中年女性が座ると、そこには「50代の髭を生やした男性」の顔が映った。
乗客たちは口々に「不具合だ」「全然違う人物だ」と呆れ顔で話している。私は不思議に思い、スマホを取り出してバス運行会社の公式サイトを開き、このモニター機能の仕様書を検索してみた。
Q&Aのページに、ひっそりと書かれた説明文を見つけて、私の心臓は跳ね上がった。
『本モニターは、10年後の本日同時刻に、当バスの同一座席にご乗車予定のお客様の顔写真を、未来確定ダイヤおよび時空撮影カメラにより表示しております』
私は息を飲んだ。
モニターに映っていたのは「現在の乗客の10年後」ではなく、「10年後の同じ日時に、まさにその席に座っている誰か」の顔だったのだ。だから、隣の席の青年や小学生の画面に性別も年齢も違う顔が映っていたのも当然だった。10年後の今日、その席には別の人間が座っているのだから。
私は震える手で、自分の席のモニターを見つめ直した。
画面の中では、50代の疲れた顔をした男が、死んだような目でこちらを見つめている。
つまり、10年後の今日も、私はまったく同じ時刻に、この通勤バスのまったく同じ座席に座っているのだ。昇進も、転職も、結婚も、引越しもせず、ただただ同じルーティンを10年間繰り返している未来の自分。
AIの故障であってくれという私の祈りは、静かなモーター音の中に消えていった。
